美学美術史学科では、美学、日本美術史、西洋美術史、美術実技、アートマネジメントの各分野を学ぶことができます。このブログとX(https://x.com/aesth1)では、学科の活動の最新ニュースを紹介しています。学科のより詳しい紹介は、本学HPの学科案内をご覧ください。 https://www.gpwu.ac.jp/dep-pos/dep/lit/art/index.html
2026年10月12日月曜日
2026年度後期授業「西洋美術史実地研修」が始まりました!
マルケ(1875-1947)は、20世紀初頭にキュビスム(立体派)と共に美術界に影響を与えたフォーヴィスム(野獣派)の画家の一人で、多くの風景画を描きました。
今回の展覧会では、パリの橋「ポン・ヌフ」をモティーフとした作品が多く並び、描き方の違いを比較できるように展示されていました。また、マティスに「我らの北斎」といわれたマルケの日本での受容史を紹介するコーナーもありました。 授業最初にかなり焦点を絞った展覧会の見学となりましたが、学生たちは熱心に作品に見入っていました。 午後は、国立新美術館(六本木)の「ルーヴル美術館展 ルネサンス」を見学。
約20分待ちの後に入場。やはり会場内も大混雑で、レオナルド・ダ・ヴィンチの《女性の肖像》(通称《美しきフェロニエール》)を間近で鑑賞するには60分待ちでした。
学生たちには、機会があれば、本学の海外支援プログラムを活用するなどして、実際にルーヴル美術館を訪れ、その展示空間の中で作品を鑑賞してほしいと思います。 実修後には、自分で選んだ作品1点についてレポートを執筆します。
良い作品と出会えたことを期待します。
2026年8月18日火曜日
7月20日「芸術の現場から」音楽家・数学者・STEAM教育者 中島さち子先生
7月20日の「芸術の現場から」リレー講座で最後にお招きしたのは、音楽家、数学者、(株)steAm 代表取締役、(一社)steAm BAND代表理事でもあり、2025年に開催された大阪・関西万博テーマ事業プロデューサーを務められた中島さち子先生です。

今回のタイトルは、「いのちの遊び場 クラゲ館の挑戦 今の時代に問われる感性と論理」。

まずは、中島先生が関わっている「キッズアートプロジェクト」について、紹介もまじえの自己紹介からお話が始まりました。
「キッズアートプロジェクト」は、「病院で過ごす子どもたち」が主役のプロジェクト。絵を描くことや作品を作ることを通じて、入院生活を楽しみ友達同士の会話を生み出し、治療に向き合う元気を与えることがプロジェクトの趣旨。作品は病院内で飾られ、世界中に発信されています。
入院生活が楽しい!と感じられるほど楽しいワークショップです。
アドレス
http://kidsartproject.jp/about/
一日中考えることが大好きだった子ども時代、大学入学後は、ジャズセッションにどっぷりハマったことなどを紹介された後、履修生の皆さんのことや、頭の中を知りたいと、中島先生から「自己紹介・好きなものなど」の問いが投げかけられ、リアルタイムに反応が表示される双方向の演出で盛り上がりました。

講義は、起業と留学を同じ時期に行ったお話へ
留学先は、ニューヨーク大学 Tisch School of the Arts、ITP (Interactive Telecommunications Program)
⼤学での課題は、1週間、時に半年や1年で何かを⽣み出していくこと。遊びながら⾃らなんでも創造できること、五感をフル活⽤することが、とても楽しくて魅了されたそうです。
創造にテクノロジーも大活躍。技術の進歩が表現の幅を広げてくれること、一方で五感や身体を通して体験してもらうことで、気づきがあることも⼤切だったと話されました。
この過程でスライム楽器やAR(拡張現実)の音楽の遊び場が生み出され、それが万博クラゲ館での大人気体験型展示や、絵本『クララとそうぞうのき』(絵:くすはら じゅんこ、ひかりのくに)のAR アプリにつながっていったそうです。

講義も後半へ
21世紀は創造性の民主化が実現し得る時代。
創造力の重要性、つくる・つながることをキーワードに、今後の潮流としては、「さまざまな業界の境界線がなくなっていくこと」が、データに基づいた私見とともに示唆されました。
そしてSTEAM 《Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art/Arts(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)》のお話へ
ここで中島先生は、「ゆらぎのある遊び」をキーワードに挙げ、論理と感性の狭間、理系と文系の交差点について説明され、例として数学者である岡潔氏の言葉をあげました。
「数学のもとになるのは頭ではない、情緒だ」「数学に一番似ている仕事は、百姓だ」。「情緒」とは「野に咲く一輪のすみれを美しいと思う心」。
「情緒の中心の調和が損なわれると、人の心は腐敗する」と紹介され、数学とは突き詰めていけば、哲学に近いと話されました。
*岡潔 随筆集『春宵十話』(しゅうしょうじゅわ)角川ソフィア文庫,2014年より

最後に⼤阪・関西万博のことに触れ、世界中の国が参加したイベントについて紹介。
創造性やいのちにとって大事なことは、「ゆらぎのある遊び」
「混じり合うことが必要」という言葉がとても印象に残りました。
中島先生、対話を交えた、とても貴重なご講義をありがとうございました。
2026年7月17日金曜日
7月13日「芸術の現場から」文化財修理技術者 土屋三恵先生
7月13日、「芸術の現場から」では装潢文化財(東アジアの伝統的な書画の総称)の修理技術者である土屋三恵先生にお越しいただきました。
土屋先生は小さい頃から古い物に親しみを感じ、仏像や仏画に興味関心を抱いておられましたが、青年期には一般企業に就職。一念発起し、絵画修理工房に転職されたそうです。そこから修理の技術や必要な知識を学び、古画の修理にも従事するようになったようです。自分の関心領域に近づく努力、人生を切り拓く決断力と行動力は、就活を控えた学生にはどのように映ったでしょうか。

ご講義の中では、掛軸や巻子などの装潢文化財の修理工程、修理技術などについて丁寧にご教示いただきました。書画の構造や裏打ち紙について解説されつつ、時に映像を交えて修理作業の様子を見せていただきました。日本美術史を学び始めた学生には難しい専門用語もあったと思いますが、修理の世界の深奥にも触れられたことと思います(ご講義はプロの学芸員の研修と比べて遜色ないものでした)。

装潢文化財は定期的な修理が必要なこと、修理の際の文化財に対する姿勢などもお教えくださいました。オリジナルは改変せず、文化財の何を残し、何を改善するのか、SNSで見る海外の修復失敗例とは何が異なるのかなどについてもお話しいただきました。
修理を通じて、画家の描写の工夫に気づくことがあるそうです。虚心坦懐に文化財に接しているからこそ、得られる学びなのでしょう。

今回の講義を通して、装潢文化財が過去から現在に至るまで丁寧な修理を繰り返し、大事に保管されて、今、我々の前に存在していることを、学生は改めて感じたことでしょうか。
土屋先生、学び多いご講義、ありがとうございました。
2026年7月13日月曜日
6月29日「芸術の現場から」文化人類学者 兼松芽永先生

2026年6月29日(月)の本授業では、文化人類学者の兼松芽永先生にお越しいただきました。
今回の授業では、「学びあう術としてアートと⼈類学」をテーマにお話しくださいました。
⽂化⼈類学における「芸術」とは?
まずは文化人類学とは何か、からお話しがスタート。フィールドワークを通じて、様々な⽣の営みを⾝をもって学び、⾃分にとってあたり前の枠組みをこえた「ありうる現実」への想像⼒を育む学問だ、とのこと。
兼松先生は、新潟県十日町市津南町を中心に、十年以上フィールドワークを実践されています。

アールネーグルなど西欧近代のアーティストによる、⾮⻄欧地域の造形・表現に対するまなざしと作品への影響、プリミティヴ・アートが「美術」として発見され、展示されるに至る経緯を踏まえつつ、文化人類学における芸術をめぐる議論の変遷へと話しは移っていきました。
20世紀初頭、「非西欧に美学的感覚はない」とされていた当時の見解に対し、フランツ・ボアズは「芸術を創造し享受することは人類普遍的な実践である」と指摘。その後、地域における芸術の意味や役割に焦点が当てられるようになり、1990年代以降は、グローバルな実践としてのアートの流通や成り立ち、地域のモノや実践との関わりなど、芸術/非芸術のあいだを連続的につなぐアプローチが現れます。
さらにアルフレッド・ジェルは⻄洋的「芸術」概念 の有無は問わず、アートを「人間の社会的な行為を媒介して方向づけるものごとの総体」と捉え、作品/モノが人を魅了し、新たな関係連鎖が具体的な場に現れるプロセスを明らかにすることが芸術の人類学の課題だと提唱。兼松先生はこうした芸術の人類学の見地から、日本のアートプロジェクトについて研究されているとのことです。
アートプロジェクトの⼈類学:「繭の家」養蚕プロジェクトを事例として
「繭の家」は、新潟の十日町市と津南町で展開されている国際的な芸術祭「⼤地の芸術祭」の参加作品として、2006年古巻和芳+夜間工房によって制作されました。かつて蚕を飼っていた空き家の屋根裏に繭を使ったインスタレーションを展開するとともに、蓬平集落でかつて盛んだった養蚕を約⼗年ぶりに復活させるプロジェクトです。2006年に向けて1万匹、その後も毎年3〜5000匹を集落で飼育。マスコット的に展示会場に置いていたマユビトが人気となり、芸術祭のおみやげとして販売されたり、⼩学校の総合学習の授業や県外でのWSへと実践が広がっていきました。
「繭の家」は2011年の豪雪で倒壊してしまったものの、ものごとの関係連鎖としてのアートへと思わぬかたちで展開していきます。野生の蚕(天蚕)の繭で新しい産業を起こすことを目指す地元のプロジェクトに蓬平集落の人々が協力し、里山センター職員と市内のきもの企業・県外の大学が連携して「みどり繭」の商品化に成功。復活したアートプロジェクトとしての養蚕が、新たな種や養蚕技術・地場産業へと繋がっていったのです。
⼈・モノ・いきものや制度がどのように結びつき、アートが社会的にはたらいているのか、⼈類学的視座からその「関係性」について説明くださいました。

⽣業や暮らし・多種の⽣・ものごとと共にあるアート
人類学のフィールドワークも地域におけるアートプロジェクトの実践も、地域の⼈々と共にものの見方や感じ方を学びあい、お互いのあたりまえの現実が揺らぐことで、世界への想像/創造力を育む実践だとのこと。
⼈間中⼼、専⾨美術としてのアート中⼼というあたりまえをかっこに括ることで⾒えてくる、豊かで多様な芸術・表現実践を、文化人類学という視点からお話しいただきました。
兼松先生、素晴らしいご講義をありがとうございました。
2026年7月10日金曜日
2026年7月6日「芸術の現場から」 ランドスケープデザイナー・安西一憲先生
7月6日の「芸術の現場から」では、ランドスケープデザイナーの安西一憲先生をお迎えし、屋外空間のデザインや、これまで手がけてこられたお仕事についてお話しいただきました。
安西先生は、子どもの頃から絵を描くことが好きで、小学生の頃には漫画家を夢見ていたそうです。その後、高校時代には建築への関心を持ち、浪人を経て東京藝術大学に進学されました。大学ではプロダクトデザインを学び、ものと空間と人との関わりに強く関心を持つようになったといいます。「コミュニケーションの活性化」をキーワードに、特に子ども時代に焦点を当て、人と人、人ともの、人と空間の関わりの重要性を考えながら、アイデアを形にしてこられたそうです。
卒業後は、日立製作所で主に鉄道車両や建設車両デザインの仕事に携わり、スケッチを通してアイデアを伝える経験を重ねられました。その後、再び東京藝術大学大学院へ進学した後、公園や緑地を設計する会社へ就職。独立後は、屋外空間をデザインするランドスケープの分野へと活動を広げられました。
ランドスケープデザインの仕事では、公園、商業施設、個人住宅の庭など、多様な場に関わってこられました。造園設計の会社に入った際には、植物を300種類覚えるように言われたというエピソードも紹介され、屋外空間のデザインには、形や見た目だけでなく、植物、土壌、気候、管理、時間の変化など、多くの知識が必要であることが伝えられました。
中盤の講義では、三鷹の森ジブリ美術館、愛知万博での「サツキとメイの家」、ジブリパークなどの事例も紹介されました。最初のイメージからどのように実際の空間として成立させていくのか、物語の世界観をどのように現実の場所に落とし込むのかについて、具体的にお話しいただきました。訪れる人が歩き、見上げ、触れ、発見することで、その世界を体験できるように設計することの重要性が感じられました。
講義の中盤から終盤にかけては、事前課題の「好きな風景や屋外の場所とそこに対する提案」に関わり、ご自身の好きな風景として北海道のモエレ沼公園を視察された際の印象についてもお話がありました。
イサム・ノグチが基本設計を手がけた同公園の圧倒的なスケール感に強い感銘を受けた一方で、公園内が非常に広いため、セグウェイやパークトレインのような移動手段があると更によいのではないかという提案もされました。大きな屋外空間を人がどのように体験するかを考える視点が印象的でした。
学生が考えてきた「好きな風景や屋外の場所」について、2名の学生が発表しました。学生からは、自然の風景や、植物の匂い、山道に生える草花、季節ごとに変化する景色など、自身の記憶に残る場所とその魅力が紹介されました。
それに対して安西先生からは、風景を考えるうえで、視覚的な美しさだけでなく、匂いや空気感、季節感、そこにある暮らしや人の記憶を捉えることの大切さについてコメントをいただきました。学生にとって、身近な場所を改めて観察し、屋外空間の魅力を言葉にする貴重な機会となりました。
個人住宅の庭の事例では、規模が公園などと比べ小さいからこそ、より細部まで丁寧に検討する必要があることや、住む人の好みや生活の仕方を探りながら提案していくことが紹介されました。安西先生は「できるだけ、すでにあるものを活かしていく」という考え方を大切にされており、既存の木や地形、素材、場所の記憶を尊重しながら、新しい空間をつくっていく姿勢が印象的でした。
屋外空間のデザインでは、動線、ゾーニング、配置計画、造成、排水、舗装、植物、土壌、設備、管理運営、コストなど、多くの要素を総合的に考える必要があります。さらに、植物は成長し、季節によって姿を変え、時間とともに風景も変化していきます。そのため、完成した瞬間だけではなく、数年後、十数年後にその場所がどのように育っていくのかを想像することも大切であるとお話しくださいました。
講義の中で特に印象的だったのは、「デザインは一人では完結しない」という言葉です。ランドスケープデザインの現場では、発注者、設計者、施工者、管理者、利用者など、多くの人が関わります。その中で、自分の考えを正確に伝え、相手の意見を受け取りながら、より良い形を探っていくことが求められます。そのためには、スケッチ、図面、模型、文章など、伝えたい内容に応じたプレゼンテーション方法を磨くことが重要であると語られました。
最後に学生に向けて、外国語を学ぶことで行動の可能性が広がること、時間とお金が許す限り、国内外の場所やもの、人に実際に触れること、自分の引き出しを増やしていくこと、そして自分なりのプレゼンテーションの武器を見つけて磨くことの大切さについてメッセージをいただきました。
講義終了後には、安西先生がご自身で手がけられたランドスケープデザインの資料を多数お持ちくださり、学生たちにお見せいただきました。資料の周りには多くの学生が集まり、実際の仕事の様子やデザインのプロセスに強い関心を寄せていました。
今回の講義は、プロダクトデザインからランドスケープデザインへと広がる安西先生の仕事を通して、デザインがもの単体にとどまらず、人の行動、自然環境、物語、時間の変化を含めた総合的な営みであることを学ぶ機会となりました。学生にとっても、身近な風景や屋外空間を新たな視点で見つめ直すきっかけとなる講義でした。
2026年7月3日金曜日
6月22日「芸術の現場から」八戸市美術館学芸員・田村由衣先生
田村先生は、本学文学部美学美術史学科の卒業生です。 今回の授業では、「出会いと学びのアートファーム -アートのまちづくりと八戸市美術館―」というタイトルでご所属の美術館とその活動についてご講義をしてくださいました。
同美術館は、八戸にゆかりのある作家たちの作品を多くコレクションしています。また、1950~1990年代に八戸の学校教育の現場で制作された「教育版画」の作品もあります。
八戸市立湊中学校養護学級生徒たちによる《星空をペガサスと牛がとんでいく》『虹の上をとぶ船総集編II』(1976年)は、ジブリ映画『魔女の宅急便』(宮﨑駿監督、1989年)の劇中画のモデルになっています。
美術館のコンセプトは以下になります。
種を蒔き、人を育み、100年後の八戸を創造する美術館
~出会いと学びのアートファーム~
たとえば、巨大な空間の「ジャイアントルーム」では、可動式の間仕切りや家具を動かして自由に活動スペースをつくることで、さまざまなイベントやプロジェクト活動などが行われています。 また、美術館活動に主体的に関わる市民「アートファーマー」たちがアートを通じてコミュニティを耕して育んでいます。
アートの学びを重視する美術館として、多様な専門の学校教員たちとの「学校連携プロジェクトチーム」によるプロジェクト展開も行っています。 市民や学校との連携プロジェクトにより、地域に新たな活動やつながりが生まれるようになり、美術館やその活動が地域の活性化へと繋がっているそうです。
最後に、在学生たちへ本学卒業生としてのメッセージがありました。
田村先生は、卒業後、希望していた民間企業に就職しましたが、やがて転機が訪れ、地元の八戸に戻り、学生時代に取得した資格を活かして学芸員として美術館に就職しました。
「これまでやってきたことは、すべて無駄ではなく、今は関係ないと思っていても思いがけないところでつながることがある」と語りかけました。
これから社会に出ていく学生たちにとって、先輩の言葉は大きな励みとなったようです。
田村先生、素敵なご講義をありがとうございました。
(参考)八戸市美術館ウェブサイト https://hachinohe-art-museum.jp/
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※ 昨年12月に八戸市で震度6強の地震が発生しました。
ご講義の数日後、6月25日に青森県で最大震度6強、八戸市では震度6弱の地震が発生し、現在も地震が続いています。謹んでお見舞い申し上げます。
2026年6月26日金曜日
6月15日 芸術の現場から ミヅマアートギャラリー エグゼクティブ・ディレクター 三潴 末雄先生
6月15日の「芸術の現場から」では、日本、アジアの若手作家を中心に育成、発掘、紹介を続けるミヅマアートギャラリー エグゼクティブ・ディレクターの三潴 末雄先生にお越しいただきました。
2026年6月24日水曜日
6月8日(月)「芸術の現場から」 株式会社ルーデル AIプロダクション部 執行役員 角田徳秀先生 『生成AIとの向き合い方を学ぶ』
2026年6月8日、株式会社ルーデル AIプロダクション部 執行役員の角田徳秀氏をお招きし、生成AIの活用に関する特別講義を行っていただきました。
講義では、角田氏が所属する株式会社ルーデルおよびレアゾングループの事業紹介をはじめ、広告事業、ゲーム事業、コンテンツ事業、研究開発、AIを活用した制作領域など、幅広い分野での取り組みについてお話しいただきました。
ゲーム開発、映像制作、画像解析、ロボット技術の研究開発など、生成AIやデジタル技術がさまざまな現場で活用されていることが紹介されました。
特に、ゲームや映像制作の現場では、生成AIによって制作工程が大きく変化していることが示されました。キャラクターのポーズ変更、背景や画風の検討、動画生成、レタッチなど、これまで多くの時間と人手を必要としていた作業が、AIとの対話によって短時間で試行できるようになっています。角田氏からは、AIは「完成品をつくる道具」というよりも、制作の可能性を広げ、思考や試行の量を増やしてくれる存在である、というお話がありました。
また、生成AIを活用する際の考え方として、「Why=なぜ使うのか」「How=どのように使うのか」「What=何をつくるのか」という視点が示されました。AIを使うこと自体を目的にするのではなく、自分の目的やビジョンを明確にしたうえで、AIと対話しながら制作や思考を進めることが大切であると説明されました。
生成AIについては、山登りに例えた説明もありました。目的地となる「頂上」を人間が定めたうえで、AIはそこへ向かうための「ロープウェイ」のような道具として活用できます。ロープウェイを使えば、途中の道のりを効率化し、早く高い場所までたどり着くことができます。一方で、乗り方や行き先をよく考えずに使うと、自分が目指していた頂上とは違う場所にたどり着いてしまうこともあります。だからこそ、どの山を登るのか、どのルートを選ぶのか、どこをゴールとするのかを決めるのは人間である、という考え方が示されました。
2026年6月2日火曜日
6月1日(月)「芸術の現場から」 一般社団法人霞会館学芸員 大口裕子先生
6月1日の「芸術の現場から」は、一般社団法人霞会館の学芸員、大口裕子先生をお迎えして、貴重なお話をしていただきました。

大口先生は伊勢物語絵の研究者として知られており、ご研究の紹介と研究をすることの面白さから始まり、霞会館で学芸員として勤めるお仕事のさまざま―展覧会の開催や所蔵品の調査研究、また修復についてお話しくださいました。
霞会館は前身が明治7年(1874)創設の華族会館で、昭和22年(1947)に華族制度廃止にともない、霞会館と改称して、伝統文化の伝承と社会貢献活動を推進するようになった団体です。昭和50年(1975)の百周年記念事業の一環で、近世から近代の皇室や華族、公家、武家、勲功などが関わるテーマを基軸に展覧会を開催するようになったとのことでした。
資料のご所蔵者や共催館の方々、情報提供者の方々をはじめ、広報物や図録の制作、施工、輸送、撮影など多くの方々の手を経て初めて一つの展覧会ができること、調査研究や修復も多くの方々との協働でできることを、展覧会場や、写真帖、陶磁器、ドレスなどの資料の写真とともに具体的にお話しくださって、興味がつきませんでした。
戦後も80年となり、公家や大名、華族が歴史上のものになっていると感じられます。そのような状況でかつてあった文化を探求され、いまに紹介されているお仕事が意義深く思われました。
2026年5月25日月曜日
芸術学専攻の大学院生たちが本学美術品のメンテナンスを行いました
| 新井さん(左)の指導を受ける院生たち |
2026年5月19日火曜日
5月18日(月)「芸術の現場から」 東京国立博物館研究員 遠藤楽子先生
5月18日の「芸術の現場から」は、東京国立博物館研究員の遠藤楽子先生にお越しいただき、お話しいただきました。
遠藤先生は東京国立博物館(以下、東博)では広報室や国際交流室、出版企画室、150年史編纂室、情報資料室などの事業系の部署のお仕事をされる一方、日本の近世絵画と博物館の歴史について研究されてこられました。その経歴とともに、日本で最も大きい博物館といってよい東博の組織についての解説や、国際博物館会議(ICOM)を2019年に日本に誘致された際のことや、東博の所蔵品と資料から見えてきた草創期の東博の国際交流の様相について、興味深くお話しくださいました。
日本美術史を専攻されていた大学院を修了後、東博に非常勤職員として勤めるかたわら、翻訳養成所で学んだり、ビジネススクールでアートマネジメント講座を受講され、「博物館が社会で役に立つようにアートマネジメントを学んだことが今でもとても関係している」とおっしゃっていたのが印象的でした。
2026年4月30日木曜日
4月27日「芸術の現場から」太田市美術館・図書館 矢ケ﨑結花先生
芸術の現場から、講師の先生をお迎えしての講義は2回目となる4月27日。
毎年県内の美術館でお仕事をされている方に来ていただいていますが、
今回は太田市美術館・図書館の学芸員、矢ケ﨑先生にお越しいただきました。
そして公開講座ということもあり、たくさんの県民の皆様も聴講にいらっしゃいました。
2026年4月24日金曜日
4月20日「芸術の現場から」 壁画作家・修復家 鈴村敦夫先生
4月20日、「芸術の現場から」ではモザイク作家の鈴村敦夫先生にお越しいただきました。
鈴村先生は東京藝術大学の1年生の時にモザイク壁画と出会い、石を割りそれを素材に自身のイメージを具現化していくモザイクに魅了され、大学院で壁画を専攻。その後、モザイクの本場イタリア・ラヴェンナに留学されました。講義では、モザイク技法の概要や歴史、自身の学生生活、千葉やメキシコでの作品制作などをご紹介いただきました。

アーティストであり、職人でもあり、修復家、教育者、研究者でもある鈴村先生。モザイク壁画を軸に鈴村先生が行われている多彩な活動を、スライドや動画をまじえつつ、ご説明いただきました。東京會舘の壁画移設や赤坂迎賓館天井画の修理などにも携わり、建築物の建て替えとともに失われていく壁画が多くあることをお教えいただきました。石やガラスといったモザイク壁画に用いる素材は元来、耐久性があるものの、経済合理性などを理由に壁画が保存されない現実があることを学びました。日本の壁画の歴史は近代美術史の一部であり、その保存の必要性が一般に浸透していないことがうかがえました。

所属されている会社では、鈴村先生は駅などにあるパブリックアートを制作されています。東京メトロ銀座駅に設置されている、大友克洋氏が原画・監修された大型陶板レリーフ《Procession Spin》では陶板の色彩つまり釉薬を担当されました。石やガラスだけでなく、釉薬にも関心を持ち、自分で学び、研究し、自身の表現領域を広げている鈴村先生の熱意と制作態度は学生に良い刺激となったことでしょう。

学生たちのアンケートからは、今回のご講義がパブリックアートを再認識する機会になったことがうかがえました。今後、公共空間の壁画などにしっかり意識を向けることでしょう。
鈴村先生、充実したご講義、ありがとうございました。
2026年4月14日火曜日
新入生研修行事を行いました
今年も本学科に新入生が入学しました。おめでとうございます。
3日の入学式の後、たくさんのオリエンテーション行事を経て、7日には
美学美術史学科の研修行事を行いました。
例年通りの内容ですが、1年生はとてもフレッシュで、生き生きとしていました。
まずは教員の自己紹介です。4月から着任された美学の鈴木亘先生。
先生もフレッシュです!

























