2024年7月7日日曜日

7月1日「芸術の現場から」 七宝作家 春田幸彦氏

 「現代アート 新しい有線七宝の世界」

今回の「芸術の現場から」のゲスト講師は、七宝作家の春田幸彦先生をお招きしました。

 

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美術に進まれた経緯

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先生は幼少の頃から美術に興味を持ち、地元静岡県清水市の清水南高校の美術コースに進学されました。

ビーバップハイスクールのような不良映画に影響を受け、不良ファッションに身を包みながら作品制作に打ち込んでいたとのことです。

東京にて2浪した後、東京藝術大学美術学部工芸科に進学され、1年時には七宝作家の岩田広己氏(当時学部4年生)の作品に感銘を受け、七宝作家を志すことになりました。

卒業後は東京藝術大学工芸科の非常勤講師を経て、オリジナルジュエリーの企画・製造・販売を手がける会社「studio SORA」に勤務されました。そこで出会った丸山聡社長の生き方が今の先生の姿勢を形成しています。「できないと言われたことを最後までやれ!」「世間で売っているものは良いと思うな!自分で開発しろ!」という丸山社長の言葉は、現在の作品制作にも活かされており、七宝制作道具も自作されています。

また、大学時代から続けている趣味としてツーリング同好会に所属しており、キャンプに必要な道具やバイクの部品を自ら制作しています。その同好会のメンバーは大学時代の同級生たちで、今でも大切な友人であるとのことです。

学生たちには「今の友達を大事にし、長く末永く関係を築いてください」とのメッセージを送られました。

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七宝について

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続いて、先生は七宝の世界について歴史を踏まえてお話しされました。

・七宝とは、金属の表面にガラス質の釉薬を付着させる技法で、主に銅、銀、金を使用します。その美しさは7つの宝石に例えられ、「七宝」と呼ばれています。

・七宝の技術は、中国から茶道具などを輸入する形で日本に伝わり、日本国内で研究が進められました。桃山時代には、七宝の技術が襖に用いられるようになり、特に梶恒吉の作品が有名です。ドイツのゴッドフリード・ワグネルは、透明度の高い釉薬を開発し、その技術は日本でも大きな影響を与えました。

・川崎重工の創業者である川崎正蔵も、七宝の発展に貢献しました。彼は「宝玉七宝」として知られる技法を開発し、その名を広めました。

・七宝には、有線七宝と無線七宝の二つの技法があります。有線七宝は、色と色が混ざらないようにする技法であり、この技法で成功を収めた並河靖之は、京都に記念館が設けられるほどの名工です。一方、無線七宝は濤川惣助によって発展し、彼の作品は赤坂の迎賓館で見ることができます。

しかし、先生が所属する日本七宝作家協会の会員数は年々減少しており、七宝技術を学んでも経済的に結び付かない現状があります。文化学園大学で指導している学生も、卒業後に七宝を活かせる職種に就くことは難しいとのことです。このような状況から、先生は七宝を「絶滅危惧工芸」と呼び、危機感を訴えています。

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七宝とROCKについて

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美術を始める前から、先生は中学時代からよく聴いていたROCK(音楽)に影響を受けていたとおっしゃっていました。

ネオロカビリーやモッズなどのファッションにも影響を受けており、自身の七宝作品のタイトルなどにもその音楽の要素を取り入れています。

ROCKの話の中で、先生はタイマーズというバンドについてもお話しされました。タイマーズの代表曲「デイ・ドリーム・ビリーバー」はザ・モンキーズのヒット曲のカバーですが、日本語の歌詞で新たな魅力を加えています。この歌詞は、ボーカルのゼリー(忌野清志郎)が母親を亡くした後に育ての母親への思いを歌にしたもので、清志郎が現実世界を白昼夢のように感じていた様子が描かれています。この曲はアルバム「THE TIMERS」に収録されており、先生は未開封のCDを持参し、学生たちに貴重な資料として見せてくださいました。

2009年に清志郎は亡くなりましたが、今でも世間の声を代弁する歌手として、多くの人々にメッセージを伝え続けています。先生も清志郎の思想に影響を受け、後世に受け継がれる作品を意識しながら、制作を続けているとおっしゃっていました。

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春田先生の七宝作品について

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春田先生は、七宝の世界から自身の想いを発信したいと考えました。彼の七宝作品のモチーフは、大好きな爬虫類から着想を得ています。蛇などの爬虫類は恐怖の対象であると同時に、信仰の対象にもなっています。蛇は人間の欲望によりベルトや鞄に変えられており、命の重さが軽視されているのではないかと考え、そのメッセージを「有線七宝」の技術でアート作品として伝えることにしました。

そして2007年、春田先生はこのテーマを踏まえた渾身の七宝作品「反逆」を2年かけて完成させました。しかし、専門家からは「自己満足」「好みが分かれる」「密度があってもしょうがない」と低評価を受けてしまいました。それでも自身のスタイルを曲げずに制作を続けた結果、キュレーターのグレゴリー・アーバイン氏に認められ、2017年にロンドンのV&A(東芝ジャパンギャラリー)に収蔵されることとなりました。

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春田先生の七宝作品の紹介

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春田先生は自身の作品のコンセプトについて、以下の4つを丁寧に紹介されました。

 

有線七宝綿蛇鞄置物「反逆」

このカバンは組織社会を表しています。意図せずにカバンとしての用途を与えられた錦蛇は、同調圧力によって意志を抑えられた個人の集合を象徴しています。組織の一員でありながら満足せず、常に疑問を抱いて意見を伝えようとする姿を表現しており、体制に従順な態度を示しつつも反逆の時を狙っているというコンセプトです。

置物「無駄に、無駄口、無駄遣い」

レザー素材にされた錦蛇が「口と財布は締めるが得」ということわざを体現しています。余計なことを話したり、お金の使い方を誤って破滅に追い込まれる可能性を表現しており、自らが犠牲となってその教訓を訴えています。

「狂愛の贄筥」「二十日鼠幼体生贄」

二重箱の中で、蛇がハートをかたどり飼い主への信頼と愛情を体で表現しています。

シェイクスピアの「恋は盲目」という格言を基に、愛情の狭間に犠牲があることを問いかけています。この作品はペットと飼い主の関係を通じて、恋人同士や家族、友人関係にも影響を及ぼすことに気づいてもらうことを目的としています。

「始まりと終わりのカラ」

髑髏と蝉の抜け殻をテーマにした作品です。般若心経の教え「命とは何か」を描いており、肉体は単なる物質で魂・命は永遠に存在するという考えを表現しています。そしてもう1つの髑髏の作品「有線七宝髑髏九相図置物Catharsis」は春田先生が愛するお祖母様の死をきっかけに制作され、命のうつろいを感じて欲しいとの思いが込められています。制作することで、先生自身の辛い気持ちを落ち着かせることができたと述べられました。


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有線七宝の実演

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春田先生は、上記の作品紹介だけでなく、有線七宝の実演も行ってくださいました。この技法の複雑な工程や細かな技術を高い集中力で短い時間で見せていただきました。有線七宝は非常に繊細なデザインや複雑な模様を表現できる技法ですが、素人にはなかなか真似のできないことがわかりました。


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ジブリ美術館収蔵作品の紹介

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宮崎駿監督のジブリ美術館には、春田先生の作品が収められています。美術館の一番下の階層には、井戸のポンプの周りに春田先生の有線七宝のオーナメントが4枚飾られています。また、春田先生と友人が制作したロボット兵が屋上に設置されており、そのロボット兵の足元には春田先生の提案で七宝の紋章作品が設置されました。このように、春田先生は単に要望に応じるだけでなく、自身の想いや提案をクライアントに伝える意志を持っており、デザイナーではなく作家だと言うことを確信しました。


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春田先生のご講義により、工芸をアートに昇華させ、命の重さを伝える作品を通して、世の中に疑問を投げかけ、伝統を進化させることを目指しておられることがわかりました。また、技術的な価値を伝えることにも重きを置いていらっしゃいます。先生のお話は、鋭いメッセージを含みながら、学生たちに七宝の歴史とその危うさ、そして未来への可能性を丁寧に示してくださいました。

春田先生、このたびは貴重なご講義をありがとうございました。


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