7月22日(月)の「芸術の現場から」には、現代美術家の井上尚子さんをお招きして、ご講演いただきました。
井上さんは、環境、文化、歴史を匂いの記憶から楽しむ「くんくんウォーク®︎」を教育機関、美術館等で開催していらっしゃいます。
今回の講演では、まず、私たち人間がどのようにして匂いを感じているのかからていねいにご説明いただき、そのうえで、井上さんの取り組みをたっぷりご紹介いただきました。
*「匂い分子と嗅覚受容体の仕組み」東原和茂「化学受容の科学」2012.G-10:図20をもとに作図
匂いは、目に見えません。だからこそ、自分で考えること、そしてそれを言語化してコミュニケーションをとることが重要なのだと井上さん。
また、人それぞれどのような嗅覚受容体を持っているのかが異なっているために、同じものに接しても、それぞれの人が感じる匂いは異なるのだそうです。あまりにも私たちの日常生活で当たり前になっている匂いを嗅ぐことには、こんな奥深さがあります。
井上さんは、青森や横浜、丸の内などなど国内のほか、アムステルダムやミュンヘンなど海外でも、さまざまな展示やワークショップを通じて匂いから人の記憶や場所の文化・歴史を探るプロジェクトを手掛けられています。
匂いという姿の見えない、人それぞれのものだからこそ、それぞれの価値観や文化を知る貴重な回路になり得るということが、お話から伝わってきました。
たとえば、国際芸術センター青森(ACAC)でのプロジェクト「Life is smell 〜素数の森〜」。井上さんはまず青森中のさまざまなものの匂いを嗅いでまわりながら、現地の人々のお話のなかで、3などの素数が繰り返し登場することに着目します。そこで青森=素数の森と見立てながら、現地の人々が思い出の匂いを含むものを持ち寄るワークショップを開催して、それを元にインスタレーションの展示空間を構成していきます。また、青森の森をみんなで歩き回り、そこにある匂いを収集する「くんくんウォーク®︎」を開催したそうです。思い出の匂いと、新しい匂い。さまざまな匂いとの出会いを語り合うことで、青森という場所が複層的に浮かび上がってきます。
*Library of smell at Museum Villa Stuck in Munich
ミュンヘンのプロジェクト「Die Bibliothek der Gerüche」では、ドイツの街・ミュンヘンにて滞在制作を行ったそうです。街の古書店を回って、さまざまな匂いの本を集めてきます。科学者とのコラボレーションを通じてそれらの匂いの成分を分析してみたり、古本の匂いを囲んで現地の市民と連日ワークショップを行ったりと、本の匂いの姿が多角的に浮かび上がります。
また講義のなかでは、本学科講師・青田の幼少期の匂いの記憶について、井上さんとお話しする時間も。
特に0歳のときの記憶は自分では難しいので、母と話して思い出してもらったりと、匂いについてのコミュニケーションの奥深さを体感することができました。
質疑応答では、匂いに興味を持ったきっかけは?という質問から、学生時代にマーブルチョコを床一面に敷き詰める作品を制作したときの匂いの受け止め方が人によって違ったことをお話しくださいました。動物園で動物の排泄物の匂いについて語り合うプロジェクトのお話からは、それぞれの動物の排泄物の匂いの違いを楽しむことで、排泄物=ただ「臭い」という固定的な価値観を揺さぶられるという可能性をご提示いただいたと思います。
学生たちにとっても、匂いという感覚のポテンシャルを捉え直す素晴らしい機会になりました。井上さん、ありがとうございました。