2021年10月21日木曜日

中之条ビエンナーレ始まりました!!

 10月15日より、会期延期後ですが、中之条ビエンナーレが始まりました。

今年は町民アートプロジェクトへの作品出品として関わらせていただきました。

場所はイサマムラ交流館になります。

作品はこれまで行ってきた中之条の魅力を発信するものを

作品としてまとめました。

こんな作品です。




「勝手に中之条"空想"ステキ発信プロジェクト」


コロナ禍において、大学生の日常生活は遠隔授業の実施や学外活動が困難になるなど変

貌を遂げた。今年はその状況を逆手に取り、女子大生たちが中之条のステキな人、モノ、

場所などを大学内で勝手にリサーチして空想し、情報発信を行うことを試みる。会場では

来場者にフローチャートを体験してもらい、おすすめスポットの提案を行う。また、実際

にビエンナーレ期間中は2013年から継続しているブログでの情報発信を行う。こちらも合

わせてぜひ楽しんでいただきたい。


詳しくは下記の外部サイトへ

中之条ビエンナーレ公式サイト
https://nakanojo-biennale.com/

群馬県立女子大学アートマネジメントゼミ《勝手に中之条"空想"ステキ発信プロジェクト》YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tyS3hDgjM7w

【会場】群馬県中之条町 町内各所
【期間】2021年10月15日(金)-11月14日(日)の31日間 9:30-16:00 
【パスポート】当日1500円 / 高校生以下 鑑賞無料
【内容】温泉街や木造校舎など町内各所で絵画、彫刻、写真、インスタレーション等の展示、パフォーマンスを開催

主催:中之条町 / 中之条ビエンナーレ実行委員会 / 中之条ビエンナーレ運営委員会

2021年8月6日金曜日

2021年「西洋美術史実地研修1」第3回研修

7月上旬に行われた第3回の研修では、今年から既存のハラミュージアムアークと東京・品川の原美術館とが統合した原美術館ARCへ。
 
 今回は、本学科の大学院を美学領域で終了された山川恵里菜氏からご講義いただいてからの鑑賞です。
 
  普段は非公開の開架式収蔵庫にもご案内いただけました。
ここで同館の由来やコレクションについて、開架式収蔵庫の説明を聞きます。
 美術館には必須の作品収蔵庫ですが、多くが閉架式で来館者が見ることはできない空間です。しかし、本館では開架式として、予約制で公開しており、作品は収蔵用のラックにかけられているだけではなく、絵画作品が壁に展示されていたり、インスタレーションがそのまま鑑賞できるような形で設置されているなど、「見せる」収蔵庫ともなっています。
 もちろん、収蔵庫などで温度や湿度調整などはもちろん耐震のための工夫についても紹介いただき、美術館が展示だけではなく、大切な作品を保管し、継承していく場であることも学ぶことができたでしょう。
 
 収蔵庫のあとは企画展「虹をかける:原美術館/原六郎コレクション」を各自鑑賞。
 

 鑑賞を終えると、それまで降っていた雨も止んで、屋外展示作品も無事、見ることができました。

2021年度「西洋美術史実地研修1」はコロナの影響もあり、東京の大型企画展に行くことはできませんでした。しかし、県内の美術館において関係者の方々から特別なレクチャーをいただきながらという非常に貴重な鑑賞体験を得ることができました。また、公立の美術館だけでなく、個性的な私立の美術館も訪問したことで、美術館の多様な在り方を実見する良い機会となりました。



2021年8月2日月曜日

2021年度「芸術の現場から」 7月19日(月) 本学卒業生の片山真理先生による講義

7月19日、ゲスト講師の最後は、片山真理先生を迎えて行いました。
片山先生は本学美学美術史学科を卒業後、東京藝術大学大学院研究科先端表現専攻に進学、修了作品が「アートアワードトーキョー丸の内2012」でグランプリ受賞。現在、国内外の多くの展覧会に出展されている、日本を代表するアーティストのお一人でもあります。
2019年にユナイテッドヴァガボンズ社から出版された写真集『GIFT』を出版。国際展の中でも歴史ある第58回ヴェネツィア・ビエンナーレの企画展「May You Live in Interesting Times」に招待されました。出版及び存在感ある展示が評価の対象となり、第45回木村伊兵衛写真賞を昨年、受賞されました。

講義は、前半が主に大学時代までについて、後半は卒業後の制作活動や制作への思いを語り、前半と後半の終わりで質疑応答をはさむという、片山先生の提案による対話形式で展開しました。

はじめに、今の作品につながる系譜として、おばあちゃんやお母さん、みんながいろいろなものを自分で裁縫してつくるような環境で育ったこと、家族の服を裁縫している姿が身近にあり、自然に興味を持ったこと、片山先生も3〜4歳の頃から、チクチクと作りはじめたこと、針と糸があればなんでもできること、この楽しさが原点にあると話されました。

そして商業高校在学中、英語で日記を書いてSNSにあげていたことなどから始まり、進路の選択にあたり就職のための小論文を書くことが求められ、どうしても書くべきことが見つけられなかった。自身の義足に絵を描いていたことを進路指導の先生(美術を担当)が知り公募展を紹介され、応募することになった。その公募展とは、現在も若手美術作家の登竜門である「群馬青年ビエンナーレ2005」。片山先生は当時16歳、作品を見せるためにあまり意味なく使用していたイーゼルも展示されることになった『足をはかりに』で見事、入選を果たし、奨励賞を受賞。
この受賞が、就職ではなく進学、つまり本学の美学美術史学科を選択することにつながったそうです。

本学在学中、服飾部に入って実技棟でファッションショーを企画したことや、バンド活動をしていたこと、通学の途中、運転する車内から撮影していた写真を映しながら当時のことを話されました。
撮影の対象は人間がつくったものが多く、「人間はなんでもできる」そんなことを考えながら、次第に「人間」への興味が湧き、自身の身体について考えるようになったそうです。

前半の講義の後、ここで大学時代について質疑応答の時間になりました。

「どの科目を履修していましたか?」という質問に対しては、実は片山先生は、実技科目などはほとんど履修しておらず、当時教壇に立っていた美学担当の教員の思い出や、語学にとても興味があり、多くの言語を履修していたことを話されました。

講義の後半は、大学院を出て作品にどう向き合っているかが話題の中心に。
大学院進学にともない、群馬から離れて暮らすようになったこと、同時に車を手放したこと、群馬=車社会であることから、片山先生にとって、車を手放すことは一種のアイデンティティの喪失ともいえるほど大きな体験だったことが語られました。
その後、社会に出て経験を重ねていく上で、重要なものを失うことが、今まで「自分らしさ」とは何かという強い意識から、むしろ「自分がない」ことを強く実感するようになり、本質的なオリジナリティを突きつめることを意識するようになったそうです。

ここで紹介された作品が、2014年にTRAUMARIS|SPACEで発表された初の個展『you’re mine』。
自身を型取ったオブジェ、ナチュラルではない不自然なセルフポートレート、合わせ鏡を用いたインスタレーション作品。合わせ鏡に移る永遠性、続いていくことの怖さなどもコンセプトとしていたことなどを説明され、ターニングポイントとなった作品でもあるそうです。

ここ数年は、風景を撮影していること、きっかけは出産を機に家を片付けたことであり、残ったものがカメラだけ、ここから何ができるのか、生まれ育った群馬を、作品をとおして見つめ直すことなどがテーマになっています。
依頼される場が広くなると、作品にそれなりのボリュームが必要になります。一方で、自分には、できることとできないことがある。できないことはできる人に任せればいい。ここ最近は、そのような考えで制作を行っていると話されました。

写真集『GIFT』にある1枚。生まれる前から、生まれた子供のことを考えながら制作したオブジェ。片山先生や配偶者の指を転写した布などでつくられています。
願いを込めて作った作品の展示を終え、もしかしたら子供にとって、この作品は欲しくないものなのかもしれないと感じたそうです。そんなことを考えていた時に、「GIFT」という言葉は、ドイツ語の意味に「毒」という意味もあることを知り、腑に落ちたことで『GIFT』とタイトルをつけたと話されました。

『cannot turn the clock back #009』 2017 (c)Mari Katayama

この1年は、日本を含め、世界中のどこかで片山先生の作品をみることができるそうです。
最後の質疑応答での「写真が上手くなるにはどうすればいいですか?」という質問に片山先生は、
「いろいろな作品を見ること、授業科目の中で写真に関するものなどがあればいいな」と答えました。

講義の中で繰り返された「自分らしさとは何か」「合成ではないこと、合成するならやってない」
「クリエイティブに壊すこともできる」など、心に響く言葉が多くありました。

身近に感じる先輩の貴重な講義、大変有意義な時間になりました。

ありがとうございました。

2021年7月16日金曜日

2021年度「芸術の現場から」で清水奈緒先生にご講義いただきました。

 7月5日の「芸術の現場から」では清水奈緒先生にいらしていただきました。
 清水先生は読売新聞社事業局において和洋を問わず展覧会の企画運営を担当されてこられ、現在は同社の野球事業部で巨人戦等の運営に携われています。今回はお仕事でのご経験を踏まえて、「新聞社の文化事業」と題して展覧会の企画・運営の実際を紹介しつつ、新聞社がどのように文化に貢献しているのかをお話いただきました。
 一口に新聞社の事業部といっても、そこで扱う事業は「スポーツ事業」「音楽・舞台事業」、「教育事業」そして「文化事業」と大きく4つに分かれるそうです。展覧会の企画・運営は最後の「文化事業」に当たります。
      
 では、新聞社はどのような立場で展覧会に関わっているのでしょうか?  

 日本で開催される展覧会では、新聞社やTV局の名前がポスター等に記されていることがあります。実は、日本の展覧会は新聞社やTV局が主催に加わって開催されています。もちろん、展覧会の内容の学術的な部分は、開催会場となる美術館・博物館の学芸員、展覧会の監修者である大学の研究者の知見が欠かせませんが、専門家の先生方と協力して企画を練り上げ、展覧会を運営していくという重要な役割を新聞社の文化事業部が担っています。
 清水先生は日本美術だけでなく西洋美術の企画展もご担当されており、その出品交渉の難しさについてもお話いただきました。 
入社以来約11年間で手掛けられた展覧会のポスター 

 日本では毎年数多くの企画展が開催されていますが、展覧会はひとつとして同じものであってはならないそうです。同一の作品が出展されることがあっても、企画の主旨が異なるように企画を練らなければならないということです。清水先生が研究者と共に企画した2016年に江戸東京博物館で開催された「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」では、従来、民俗学の観点から紹介されてきた妖怪を美術史学的観点から妖怪の“造形表現”に焦点を当てることで、個性的な企画を作り上げられ、好評を得られました。


 また2018年に東京国立博物館で開催された「仁和寺と御室派のみほとけ」では、仁和寺に関する展覧会は過去すでに開催されていたため、仁和寺を総本山とする御室派寺院から名宝を集めるという企画を立てられたそうです。
 その出品交渉のため、全国50か所にある御室派寺院を訪ねられたそうです。中には、寺院においても普段は御開帳していない秘仏もあり、そもそもお寺にとっては国宝・重要文化財である前に大事な仏さまです。その輸送、展示はすぐに快諾いただけないこともあり、何度も赴いては、交渉を重ねられたそうです。その甲斐あって、最終的には約20の寺院から貴重な寺宝を借り受けることができ、特に展覧会の最大の見どころとなり、ポスター等でキービジュアルとして使われたのが、大阪・葛井寺の国宝「千手観音菩薩坐像」です。 

ポスター下:「千手観音菩薩坐像」

 天平彫刻の傑作のひとつであり、千本以上の 手を持つ千手観音像はこれ一体しか現存していません。 輸送は細心の注意を払って行われ、美術品専門の輸送会社の担当者の方々もいつになく緊張されたといのことでした。

 しばしばお寺の仏像を縁もゆかりもない東京の美術博物館で展示することを本来の作品の在り方を損なう商業主義と批判する向きもありますが、新聞社の文化事業は単に集客をのみ目的としているのではなく、美術作品の保全や維持といった形で文化に貢献することも目指しているのだという気概を感じさせるお話でした。
 とはいえ、新聞社は私企業であり、良い展覧会を数多く実施するためには収支も重要です。多くの人に見に来てもらうための工夫も必要となってきます。図録の作成やポスターをはじめとする広告、会場で売られる展覧会グッズの開発も文化事業部の仕事です。 
プロの写真家による「千手観音菩薩坐像」撮り下ろしの
ポスターや御室派の仏像の所在マップなど

 文化事業部の仕事は展覧会の裏方の仕事ですが、担当者として、会場での声を聞くのも楽しみの一つだとか。「仁和寺と御室派のみほとけ」展では、スタッフとして会場を回っていた折に、観客のおひとりからお声をかけられたエピソードを紹介してくださいました。その方は葛井寺の「千手観音菩薩坐像」を長年見たいと、いずれ大阪へ旅行をと考えていたものの足を悪くして、諦めていたのが、展覧会のおかげで夢が叶ったそうです。 

  このように企画段階から展覧会の準備、設営、広報といった多くの段階を踏んで展覧会が開かれるので一つの展覧会は短くても3年、長いものは10年がかりで実現するという長丁場です。時には、その間に何人もの担当がバトンリレーをしながら作り上げるものも。昨年開かれたゴッホの「ひまわり」が初来日したロンドン・ナショナル・ギャラリー展もそうした展覧会の一つです。そうして苦労して作り上げた展覧会の多くが、去年からの新型コロナウィルスの感染拡大により中止や延期、よくても会期を縮小したり、予約制にして入場者数を抑えての開催となっています。刻々と変わる状況への対応も必要です。当然、先行きが不透明な今も数年後の新しい展覧会の企画を立ち上げなければなりません。

  清水先生が現在、野球事業部で携わっておられるプロ野球の試合も入場制限が続きます。そこで、どうしたらTVを見ているファンに野球場の臨場感を伝えるか、映像配信やアバターロボットをはじめとした新しい技術を使っての試みを編み出されています。 しかし、単にアクシデントに対応するための一過性のものではなく、未来において新しい世代のファンにアピールするものを創意工夫していく姿は受講生にとって大きな刺激となったようです。 
 講演終了後、受講生から多くの質問がありました。

(質疑応答の様子)

 以上、本日は普段は多くの人が展覧会に行っても意識していない芸術文化を支える「新聞社の文化事業部」のお仕事を紹介いただきました。誠意と熱意をもった清水先生のお仕事ぶりも含め、とても有意義なご講義をいただきました。 
 清水先生、ありがとうございました。

2021年7月10日土曜日

2021年度「芸術の現場から」で廣海伸彦先生にご講義いただきました。

6月28日の「芸術の現場から」では廣海伸彦先生にいらしていただきました。廣海先生は主任学芸員として出光美術館に勤務されており、江戸時代の絵画を中心とする展覧会の企画・調査研究に従事されています。そのお仕事でのご経験を踏まえ、「展覧会企画の思考法」と題して、美術館の学芸員として展覧会の企画をどのように立てているのかをお話いただきました。

冒頭、「私は博物館があまり好きでない。(中略)。分類とか保存とか公益とかいう正当で明晰な諸々の観念は,歓喜法悦とはあまり縁がないのである。」「これらの名作絶品をこうやっていっしょに並べて置くのは非常識(パラドックス)だ」というポール・ヴァレリー(1871~1945)の言葉を引いて、驚かせてくれました。さらには美術館や博物館、展覧会は、作品を本来あった場所から引き離してもいると言われました。それにもかかわらずどうして展覧会は開催されるのでしょうか。展覧会の意義とはどのようなものなのでしょうか。
廣海先生はマネ(1832~83)の「オランピア」とティッツィアーノ(1488/90~1576)の「ウルビーノのヴィーナス」とが隣り合って展示されたヴェネツィア・ドゥカーレ宮殿で2013年に行われた「マネ、ヴェネツィアへの帰還」展の会場風景をスライドで写し、両者の構図や描かれた女性のポーズ、画面の大きさと縦横比が近似していること、そしてイタリアを訪れたマネがティッツィアーノに刺激を受けたこととを、展覧会場に並んだ二つの絵画を見ることで展覧会を訪れた人は体感的に理解することを紹介されました。複数の作品が組み合わされることで、作品1点だけの鑑賞では得られなかった事柄を実感として理解できる、ここに展覧会の意義があるというのです。
この、複数作品の組み合わせや、展覧会の脈絡に展示品を配置することは、学芸員による解釈の提示であり、これが展覧会において学芸員が行うべき重要な働きであるのです。

廣海先生の勤務されている出光美術館は、所蔵品数が約1万件と、東アジアの古美術をあつかう私立美術館の中でも数多くの作品を所蔵しており、原則として、自館の収蔵品を最大限に活用した展示を行なっているそうです。コレクションの価値づけを、所蔵館の学芸員が率先して行わないで誰が行うのかという考えに基づいているようです。借用作品に頼らない展覧会が基本ということですが、所蔵品の新たな知見や解釈と、それに基づく独自の企画と明確な意図がなければ、このような展覧会活動は成り立ちませんし、持続しないでしょう。展覧会には学芸員による持続的な調査・研究活動が不可欠と強調されました。

展覧会の文脈を作り出す学芸員の発想を、出光美術館の「四季花木図屏風」を例に示してくれました。この作品は、土佐光信の手になると伝えられる室町時代(16世紀)の屏風絵で重要文化財です。それが画家に注目すれば土佐派による(と考えられる)絵画、技法に注目すれば金や銀を含む彩色画、主題に注目すれば自然の景色を描く絵画、形式に注目すれば屏風絵、制作年代に注目すれば室町時代の絵画、文化財保護制度に注目すれば重要文化財指定の絵画となるのです。1点の作品でも、どの性質に注目するのかで出てくる情報は異なります。その作品の気づかれていない性質を引き出す、学芸員が設定する観点が重要なのです。そしてこの観点が展覧会のテーマになるのです。

廣海先生はそのことを、令和2年(2020)の2月から3月にかけて出光美術館で開催した「狩野派――画壇を制した眼と手」展を具体例としてお話してくれました。この展覧会は御用絵師として知られる狩野派が中国や日本の古い絵画を見て、鑑定し、模写をして学び、その成果を自らの絵としていく営みに注目したものでした。そこではこれまで展示したことのない所蔵品をいくつも出陳し、また新しい作品相互の組み合わせや、新たな作品評価を打ち出されたのでした。

以上を通して、廣海先生は展覧会企画の学芸員の思考法を具体的にお話してくれました。展覧会では同じ作品であっても展覧会の枠組みや脈絡や、集められる他の作品との関係によって解釈が変わることがあることも学びました。新型コロナウィルスの感染拡大防止のために昨年と今年と、多くの展覧会が中止や早期の閉幕を余儀なくされましたが、展示を通じて発信されるはずだった学芸員の思索を受け取る機会を多く失ったことにも気づかされました。

2021年7月1日木曜日

2021年度「芸術の現場から」 6月21日(月) 光畑由佳先生によるご講義

6月21日の授業は、光畑由佳先生をお迎えして、「女性が自分らしく輝ける社会をめざして  授乳服メーカー「MO-HOUSE」の挑戦」と題して講義をしていただきました。
光畑先生は、お茶の水女子大学被服学科をご卒業後、ファッション、アート、音楽、演技など常に新しい文化を発信し続ける「PARCO」で、多くの美術関係のキュレーション、建築書の編集などを経験されました。
その後、オリジナルブランドの授乳服を中心に、衣服による環境づくりを提案するMO-HOUSE(以下、モーハウス)を設立。代表として働くかたわら、東京大学大学院情報学環・学際情報学府客員研究員や筑波大学大学院非常勤講師としてもご活躍です。政府関係や行政の有識者会議委員ほか、2014年、2016年に開催された「APEC女性と経済フォーラム」では日本代表の一人としてスピーカーを務められました。著書に『働くママが日本を救う!「子連れ出勤」という就業スタイル』があります。

講義の冒頭では、世界の中で見た日本の妊産婦死亡率、新生児死亡率の低さ、女性の幸福度、子供を持たない選択理由などを提示されました。

モーハウス起業のきっかけは、光畑先生ご自身が経験された「中央線事件」。
ご自身の子が生後1ヶ月のとき、外出時の電車の中でのことです。泣き出した娘がなかなか泣きやまず、周囲からの冷たい視線、迷惑そうな空気が車内に漂ったとき、「赤ちゃんを連れて出かけるだけで、なぜこんな思いをしなければいけないのだろうか」
「行政に頼るのではなく、この状況をどうにか自分で変えていきたい」
そう思ったそうです。

講義の中で光畑先生が、受講生を巻き込み、この「中央線事件」を赤ちゃんの人形を使って再現。



「徹底的に環境調整をすることで、身体内部の状態を良好にコントロールしていく、それが本来の看護ということである」

近代看護教育の母と呼ばれるナイチンゲールの言葉ですが、この言葉を信念に、いつでも、どこでも、快適な授乳環境が1枚の服から整えられるのではないか、そんな思いから起業したのが「モーハウス」です。モーハウスのモーは、motherのmoから、つまり母という意味が込められています。授乳=ミルク、ミルク=牛、牛からイメージするモーではないそうです。

地球、都市、住など大きな意味で使われることもある環境というキーワード、光畑先生の根っこにある被服という視点から、環境をデザインしていくことの重要性を繰り返し語られました。

後半は、モーハウスの働き方改革の1つである「子連れ出勤」について。
ここ数年、見られるようになった企業内託児所(社内もしくは近隣に設置された保育所)としてではなく、ある時はパソコンで作業をしながら授乳したり、オフィスの一角で赤ちゃんがお昼寝をしたり、多くのスタッフの中で育っていく、ハイハイから歩き始めるくらいの子どもたちを、当時の少子化対策担当大臣が来社された時の写真なども交えて紹介されました。

最後のスライドは、このオフィス環境の中で育った1人の子どもの写真でした。
そこには、歩き始めたくらいの小さな子が、自分の子供(キューピー人形?)を抱っこしながら、手にはノートと鉛筆を持っています。
子どのがいる環境で仕事をすることの意味を示した1枚。
この1枚の写真は、女性が自分らしく輝く社会づくりにつながっていくために社会を変えていく力を現わしているようです。

授業終了後の風景。
受講生は授乳服に興味津々、光畑先生の周りに集まった受講生から、多くの質問が投げかけられました。

受講生にとって近い将来への道しるべの1つとして、大変有意義なご講義になりました。

ありがとうございました。


2021年6月25日金曜日

R3年度西洋美術史実地研修1


5月に予定していたものの、延期して6月の実施となった第2回の実地研修では、桐生市の大川美術館に訪問しました。

入館前に一人ずつ検温を受けて入館。

まずは企画展「大川美術館コレクションによる20世紀アート120」から見学。

元は社員寮であったという建物内を活用した展示室に20世紀を代表する画家たちの作品が並びます。学生たちはエコール・ド・パリ、ウォーホル、ベン・シャーンなど事前学習で下調べした流派や画家の作品を実地に鑑賞します。


大川美術館は創設者の大川栄二さんが日本の近代画家・松本俊介の作品と出会ったことから始まった美術館で、現在館内にはクラウドファウンディングによって実現した松本俊介のアトリエの再現を見ることができます。





              今回の実地研修では、特別に田中淳館長からレクチャーをいただけることになりました。(館長は今年「芸術の現場から」の授業でも本校でご講義いただいております。そちらの様子はリンク先から→https://kenjo-bigaku.blogspot.com/2021/04/2021.html

  

大川美術館の設立の経緯、松本俊介のコレクションに始まって彼に関連するだろう国内外の作家の作品を収集していったか、同時開催の企画展「藤島武二のスケッチ100-画家が歩んだ明治・大正・昭和」についてお話しいただきました。

藤島武二のスケッチを食い入るように鑑賞。

 また、今回はご厚意で、現在海外に行って作品を見る機会を得られない学生たちのために以前、同館で開催された「模写展」で展示された模写作品も再展示くださいました。模写といっても、画家、修復家からなる「古典絵画技法研究会」によるもので、当時の技法や材料を研究したうえでの本格的な古美術の再現です。展示されていたのは14世紀イタリアの画家シモーネ・マルティーニの《受胎告知》(部分)、同時代のジョット《荘厳の聖母》(部分)、15世紀のフランドル画家ロベール・カンパン《磔刑》部分、16世紀の北方の画家ピーテル・ブリューゲルの《鳥罠のある冬景色》といった時代、地域、技法の異なる4点の模写。


ことに国際ゴシック様式の先駆けにもなったマルティーニの金地背景のテンペラ画は当時の技法の粋を尽くした作品です。中世から初期ルネサンス期までは主流だった卵をつかったテンペラ技法で描かれた作品を日本国内で見る機会はなかなかありません。また、国内外を問わず、現在我々が見ることができるテンペラ画は数百年を経ており、金箔が剥がれたり、顔料が変色しています。もちろん、保存状況がよく、適切な修復がなされた作品も多く残っていますが、描かれたばかりの上体とは言えません。その意味では、模写とはいえ、制作後数年の金地背景のテンペラ画の豪華な画面を見れたのは貴重な経験だったでしょう。


あいにくの雨の中での実地研修となりましたが、20世紀アメリカ美術、近現代の日本美術、あわせて中世末期からルネサンスの模写と多様な美術を見る機会を得られました。
田中館長はじめ美術館の皆様、ありがとうございました。