2026年7月13日月曜日

6月29日「芸術の現場から」文化人類学者 兼松芽永先生

2026年6月29日(月)の本授業では、文化人類学者の兼松芽永先生にお越しいただきました。
今回の授業では、「学びあう術としてアートと⼈類学」をテーマにお話しくださいました。

⽂化⼈類学における「芸術」とは?

まずは文化人類学とは何か、からお話しがスタート。フィールドワークを通じて、様々な⽣の営みを⾝をもって学び、⾃分にとってあたり前の枠組みをこえた「ありうる現実」への想像⼒を育む学問だ、とのこと。
兼松先生は、新潟県十日町市津南町を中心に、十年以上フィールドワークを実践されています。

アールネーグルなど西欧近代のアーティストによる、⾮⻄欧地域の造形・表現に対するまなざしと作品への影響、プリミティヴ・アートが「美術」として発見され、展示されるに至る経緯を踏まえつつ、文化人類学における芸術をめぐる議論の変遷へと話しは移っていきました。

20世紀初頭、「非西欧に美学的感覚はない」とされていた当時の見解に対し、フランツ・ボアズは「芸術を創造し享受することは人類普遍的な実践である」と指摘。その後、地域における芸術の意味や役割に焦点が当てられるようになり、1990年代以降は、グローバルな実践としてのアートの流通や成り立ち、地域のモノや実践との関わりなど、芸術/非芸術のあいだを連続的につなぐアプローチが現れます。

さらにアルフレッド・ジェルは⻄洋的「芸術」概念 の有無は問わず、アートを「人間の社会的な行為を媒介して方向づけるものごとの総体」と捉え、作品/モノが人を魅了し、新たな関係連鎖が具体的な場に現れるプロセスを明らかにすることが芸術の人類学の課題だと提唱。兼松先生はこうした芸術の人類学の見地から、日本のアートプロジェクトについて研究されているとのことです。

アートプロジェクトの⼈類学:「繭の家」養蚕プロジェクトを事例として

「繭の家」は、新潟の十日町市と津南町で展開されている国際的な芸術祭「⼤地の芸術祭」の参加作品として、2006年古巻和芳+夜間工房によって制作されました。かつて蚕を飼っていた空き家の屋根裏に繭を使ったインスタレーションを展開するとともに、蓬平集落でかつて盛んだった養蚕を約⼗年ぶりに復活させるプロジェクトです。2006年に向けて1万匹、その後も毎年3〜5000匹を集落で飼育。マスコット的に展示会場に置いていたマユビトが人気となり、芸術祭のおみやげとして販売されたり、⼩学校の総合学習の授業や県外でのWSへと実践が広がっていきました。

「繭の家」は2011年の豪雪で倒壊してしまったものの、ものごとの関係連鎖としてのアートへと思わぬかたちで展開していきます。野生の蚕(天蚕)の繭で新しい産業を起こすことを目指す地元のプロジェクトに蓬平集落の人々が協力し、里山センター職員と市内のきもの企業・県外の大学が連携して「みどり繭」の商品化に成功。復活したアートプロジェクトとしての養蚕が、新たな種や養蚕技術・地場産業へと繋がっていったのです。
⼈・モノ・いきものや制度がどのように結びつき、アートが社会的にはたらいているのか、⼈類学的視座からその「関係性」について説明くださいました。

⽣業や暮らし・多種の⽣・ものごとと共にあるアート

人類学のフィールドワークも地域におけるアートプロジェクトの実践も、地域の⼈々と共にものの見方や感じ方を学びあい、お互いのあたりまえの現実が揺らぐことで、世界への想像/創造力を育む実践だとのこと。
⼈間中⼼、専⾨美術としてのアート中⼼というあたりまえをかっこに括ることで⾒えてくる、豊かで多様な芸術・表現実践を、文化人類学という視点からお話しいただきました。

兼松先生、素晴らしいご講義をありがとうございました。

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