清水先生は読売新聞社事業局において和洋を問わず展覧会の企画運営を担当されてこられ、現在は同社の野球事業部で巨人戦等の運営に携われています。今回はお仕事でのご経験を踏まえて、「新聞社の文化事業」と題して展覧会の企画・運営の実際を紹介しつつ、新聞社がどのように文化に貢献しているのかをお話いただきました。
一口に新聞社の事業部といっても、そこで扱う事業は「スポーツ事業」「音楽・舞台事業」、「教育事業」そして「文化事業」と大きく4つに分かれるそうです。展覧会の企画・運営は最後の「文化事業」に当たります。
では、新聞社はどのような立場で展覧会に関わっているのでしょうか?
日本で開催される展覧会では、新聞社やTV局の名前がポスター等に記されていることがあります。実は、日本の展覧会は新聞社やTV局が主催に加わって開催されています。もちろん、展覧会の内容の学術的な部分は、開催会場となる美術館・博物館の学芸員、展覧会の監修者である大学の研究者の知見が欠かせませんが、専門家の先生方と協力して企画を練り上げ、展覧会を運営していくという重要な役割を新聞社の文化事業部が担っています。
清水先生は日本美術だけでなく西洋美術の企画展もご担当されており、その出品交渉の難しさについてもお話いただきました。
日本では毎年数多くの企画展が開催されていますが、展覧会はひとつとして同じものであってはならないそうです。同一の作品が出展されることがあっても、企画の主旨が異なるように企画を練らなければならないということです。清水先生が研究者と共に企画した2016年に江戸東京博物館で開催された「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」では、従来、民俗学の観点から紹介されてきた妖怪を美術史学的観点から妖怪の“造形表現”に焦点を当てることで、個性的な企画を作り上げられ、好評を得られました。
また2018年に東京国立博物館で開催された「仁和寺と御室派のみほとけ」では、仁和寺に関する展覧会は過去すでに開催されていたため、仁和寺を総本山とする御室派寺院から名宝を集めるという企画を立てられたそうです。
その出品交渉のため、全国50か所にある御室派寺院を訪ねられたそうです。中には、寺院においても普段は御開帳していない秘仏もあり、そもそもお寺にとっては国宝・重要文化財である前に大事な仏さまです。その輸送、展示はすぐに快諾いただけないこともあり、何度も赴いては、交渉を重ねられたそうです。その甲斐あって、最終的には約20の寺院から貴重な寺宝を借り受けることができ、特に展覧会の最大の見どころとなり、ポスター等でキービジュアルとして使われたのが、大阪・葛井寺の国宝「千手観音菩薩坐像」です。
ポスター下:「千手観音菩薩坐像」 |
天平彫刻の傑作のひとつであり、千本以上の 手を持つ千手観音像はこれ一体しか現存していません。 輸送は細心の注意を払って行われ、美術品専門の輸送会社の担当者の方々もいつになく緊張されたといのことでした。
しばしばお寺の仏像を縁もゆかりもない東京の美術博物館で展示することを本来の作品の在り方を損なう商業主義と批判する向きもありますが、新聞社の文化事業は単に集客をのみ目的としているのではなく、美術作品の保全や維持といった形で文化に貢献することも目指しているのだという気概を感じさせるお話でした。
とはいえ、新聞社は私企業であり、良い展覧会を数多く実施するためには収支も重要です。多くの人に見に来てもらうための工夫も必要となってきます。図録の作成やポスターをはじめとする広告、会場で売られる展覧会グッズの開発も文化事業部の仕事です。
文化事業部の仕事は展覧会の裏方の仕事ですが、担当者として、会場での声を聞くのも楽しみの一つだとか。「仁和寺と御室派のみほとけ」展では、スタッフとして会場を回っていた折に、観客のおひとりからお声をかけられたエピソードを紹介してくださいました。その方は葛井寺の「千手観音菩薩坐像」を長年見たいと、いずれ大阪へ旅行をと考えていたものの足を悪くして、諦めていたのが、展覧会のおかげで夢が叶ったそうです。
このように企画段階から展覧会の準備、設営、広報といった多くの段階を踏んで展覧会が開かれるので一つの展覧会は短くても3年、長いものは10年がかりで実現するという長丁場です。時には、その間に何人もの担当がバトンリレーをしながら作り上げるものも。昨年開かれたゴッホの「ひまわり」が初来日したロンドン・ナショナル・ギャラリー展もそうした展覧会の一つです。そうして苦労して作り上げた展覧会の多くが、去年からの新型コロナウィルスの感染拡大により中止や延期、よくても会期を縮小したり、予約制にして入場者数を抑えての開催となっています。刻々と変わる状況への対応も必要です。当然、先行きが不透明な今も数年後の新しい展覧会の企画を立ち上げなければなりません。
清水先生が現在、野球事業部で携わっておられるプロ野球の試合も入場制限が続きます。そこで、どうしたらTVを見ているファンに野球場の臨場感を伝えるか、映像配信やアバターロボットをはじめとした新しい技術を使っての試みを編み出されています。
しかし、単にアクシデントに対応するための一過性のものではなく、未来において新しい世代のファンにアピールするものを創意工夫していく姿は受講生にとって大きな刺激となったようです。
講演終了後、受講生から多くの質問がありました。
以上、本日は普段は多くの人が展覧会に行っても意識していない芸術文化を支える「新聞社の文化事業部」のお仕事を紹介いただきました。誠意と熱意をもった清水先生のお仕事ぶりも含め、とても有意義なご講義をいただきました。
清水先生、ありがとうございました。
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